2010年2月アーカイブ

万年筆と紙(2)

最近、筆記具メーカーが万年筆用の便箋を発売しまして、その営業さんがサンプルを
持ってきていただきました。インクの吸収も良く、コシも適度でとても良い商品だと
思います。

しかし、このような最近の文具業界の流れをみていて、少し思うことがあります。

消費者に高級なペンを使わせ高級な紙に書かかせるような風潮は一時的なブームで
終わってしまうのではないでしょうか。

普通のペンで普通の紙に書いたときに具合が良いのがお客様にとって一番いいはずです。
文具としての本質を置き去りにしているような気がしてなりません。

特に筆記具の場合、価格が高いことが性能の良さをあらわす指標には全くなっていません。
いくら蘊蓄を言われてもほとんどの人にとっては関係がありませんし、その人の手に
合ってなければ実用品として意味がないのです。

例えば、自動車メーカーが自社の車の乗り心地が悪いのを道路せいにして研究開発を
怠ったら終わりではないでしょうか。

文具は趣味としての側面もありますから、高級な万年筆、紙もあっていいと思います。
そのような商品があると業界も活気づきますし、様々な商品があることでお客様に
楽しんで頂ける必要な要素だとも思います。

しかし、その部分だけに目がいってしまうと一部のマニアだけのものになってしまい、
お客様に定着し、使われる中で思い入れを持ってもらえるような商品が出てこなく
なってしまうのではないかと心配します。

万年筆と紙(1)

最近、文具メーカー各社から「万年筆用」と称して高価な便箋やノートが
発売されています。紙の厚みもありインキの吸収もよく、非常に贅沢な作りで
快適に書くことができます。

では、万年筆を使うにはそのような高級な紙でないとうまく書けないかと
いったらそうではないのです。

今とは違いボールペンで公文書を書くことが許されていなかった時代に、
当店のお客様の中には警察官や裁判所の書記官の方などが多く見えられました。
いずれも沢山文字を書く職業で、書くことに関してとても「うるさい」方々です。

当時の調書などを書く紙は改竄防止のためとても薄い紙を使っていました。
そのような紙にも引っかからずインキ切れを起こさないように調整することが
要求されていたのです。

警察官であれば、取り調べの最中に万年筆の調子が悪いからといって
「ちょっと、待った」と供述を止めさせるわけにいかないのでしょう。

当店では試し書き用の紙として、更紙(わら半紙)、新聞紙をご用意しています。
そのような質の悪い紙の方がお客様が書いたときに調整の違いがわかるからです。

当然、質の悪い紙で調子よく書けるなら、良質な紙ではさらによく書けます。
試し書き用にはコピー用紙、和紙便箋、高級便箋もご用意していますので、
是非書き比べてみて頂けたらと思います。

万年筆と烏口

先代の中川道治は東京の神保町にある保谷製作所で万年筆と製図器の製造を
修行しました。甲府に帰ってきてからブラザー萬年筆本舗を立ち上げるのですが、
私の代まで製図器の製造も行っていました。

当時の山梨工専(現在の山梨大学)の学生がよく工場に遊びにきていて、
製図器についていろいろな相談を受けたり、調整をしたこともあります。

そのような万年筆と製図器の両方に携わっていたから言えるのですが、
万年筆のペン先の研ぎ方と製図器の烏口の研ぎ方には共通する部分が実は
あるのです。

烏口とは製図の際に線を引くために使われるカラスのクチバシのような形状の
道具です。細い線を一定の太さで引くのに用いられていました。

製図ではトレーシングペーパーのような薄い紙に極めて細い線を引くことを
求められることがありますから、烏口の研ぎ方も重要です。

紙に引っかかったりしては一定の太さを保つことは出来ませんし、極細に
研いだからといて紙を破ってしまっては意味がありません。

万年筆においても極細に研いだからといって、紙を引っかけることがあっては
いけません。昔の角研ぎや私の提唱する伍角研ぎではいくら極細であっても
紙を「面」で捉えていますからそのようなことがないのです。

つまり、烏口のような極細で線を引く場合でも紙を「面」で捉えなければ
ならなく、それは万年筆でも同様ということなのです。

 # 技術的な点でご興味がございましたらお手数ですがご来店下さい。
 # ご説明いたします。

現在では烏口をお使い方はあまりおられないと思いますが、研ぎ直したい
という方は是非ご相談下さい。対応させていただきます。

(現在は修了しております。)


余談ですが、最近、極細を売りにする万年筆で、紙の繊維がペン先の切り割り
に詰まったときのために清掃器具を添付しているものがありますが、あまり
感心しません。

極細で紙が引っかかってしまうのは「点」で紙を捉えようとする丸研ぎ
ゆえのものです。そもそも紙に引っかからないような研ぎ方を考えるべき
ではないのでしょうか。

お客様に切り割りの清掃をさせてインクの流れに影響が出た場合、
余計手がかってしまう商品のように思います。


万年筆と写経(2)

「万年筆で写経を」このようなご提案を当社でするようになったのは、実は
最近のことです。

ご近所の老舗洋菓子職人さんから万年筆で写経をしてみたいというご相談を受け
まして、他のお客様にもこのような使い方をご提案するようになった次第です。

私が考えている実用品としての万年筆であれば、販売・調整するものとして
様々なお客様からの要望に応えて当然だと思っていたのですが、現在の万年筆を
取り巻く現状はなかなかそうではないようです。

万年筆の装飾やブランドにばかり目がいってしまい、珍品奇品がもてはやされ、
中には「太く書きたければペンを寝かせて書き、細く書きたければ立てなさい」
などと万年筆が使い手に使い方を要求するようなものまであります。

昔からこのようなお遊びとしての類もありますが、筆記具の本質とはかけ離れて
います。そのような万年筆で写経に集中したり没入することはできません。

お客様の手にあったバランスの万年筆を、お客様に合わせて調整して販売する、
という当たり前のことがなされなくなっていることかも知れません。

その意味で「万年筆で写経を」はお客様から頂いたご意見ですが、実に本質を
突いたものだと思います。自分の思うような字が書けなければ道具としての
筆記具の意味はありません。

ご興味のある方は、試しに「万年筆で写経をしてみたいのですが」とお近くの
販売店にご相談されてみると面白いと思います。



万年筆と写経(1)

一般的に写経というと毛筆か筆ペンを使うことをイメージされるでしょうが、
実は万年筆でもうまく書くことが出来るのです。

万年筆で写経をするには主に以下のような必要条件があります。

・万年筆が使う人に合ったバランスのよいペンであること
・ペン先が日本字を書くのに適した特性を持っていること
・ペン先が使う人に合った調整がされていること
・適切な量のインキがペン先に供給されていること

トメ、ハネ、ハライが思うように表現でき、一画一字を集中して書くことに
没入できるような万年筆はその人に合ったペンだといえるでしょう。

試しにお持ちの万年筆で写経をしてみて下さい。
うまく書けない場合は上記のどれかが欠けているのが原因です。

万年筆と3年日記


万年筆というと価格・敷居が高い、使う機会がない、というイメージを持たれている
かも知れませんが、そんな方は3年日記を万年筆で書かれてみてはいかがでしょうか。

今日一日あったことを書き心地のよい万年筆で書くと、とても心が癒され寝付きが
よくなります。

それが積み重なり1年を過ぎると1年前の自分に起きたこと、思ったことを読み返す
ことが出来るようになります。1年前の自分の書いたこと見てその時の記憶が鮮明に
蘇るのはボケ防止になります。

また万年筆で書くとその筆跡をみた自分だけにわかる感情の「喜怒哀楽」を思い出す
ことが出来ます。筆致で書かれる文字も変わりますから、当時の自分の微妙な感情の
起伏も思い出されるという訳です。

5年日記でも良いのですが、初めての方に10年日記となると1日あたりの書ける
文字数も少ないですし、これからの自分への義務感というか精神的な負担が大きく
なりがちです。

ですので、とりあえずは気軽に3年日記から始めてみることをおすすめ致します。


万年筆でなかなか自分の思った字が書けないという方は、是非当店にご相談下さい。
遠慮せずに「横線で引っかかる」、「書き出しでインクが出ない」等、ご不満の点に
ついて申し出て下さい。お客様のご納得ゆくまでとことんお付き合い致します。


筆記具への感受性の違い

長年万年筆などの筆記具に関わっていると、職業柄ついその人の書き癖に目が
いってしまいますし、またテレビを見ていて筆記具がちょっとでも映ると、
どこのメーカーの何という製品かだいたいわかるようになります。

ニュースなどを見ていると、各国首脳が条約調印式でサインする場面がありますが、
海外の人はあまり筆記具を気にせずに使っている印象を受けます。

例えば日本製で100円で売られているようなボールペンでサインする人や、装飾だけで
その作りがあまり感心しないような万年筆でサインする人をよく見受けます。

 # 日本製のボールペンはたとえ100円であってもとてもよく作られています。
 # リーズナブルで非常に性能がよく、世界に誇れる製品だと思います。

条約の調印とは「その国の代表者たちが国と国との間で後世に影響を残す約束の場」
ですから、書きやすい100円のボールペンでもいいのですが、相手国を軽んじていると
思われはしないか、日本人の私としては心配になってしまいます。

では、装飾華美な筆記具を使えばいいかというとそうではなく、実用性から逸脱したもの
(格好だけで書きやすくないもの)は、知っている人から見ればわざとらしいと思われて
しまうのではないでしょうか。

このようなことを気にするのは私だけかも知れません。

西洋では、昔は(今でもたまに見かけますが)羽根ペンにインクをつけてサインする
文化がありますが、あれは相手との重大な約束を後で文字が消えたことを理由に反故に
したりしません、という決意を相手に敬意を持って表す故のものだと思います。

 # 羽根ペン(つけペン)で主に使われる顔料インキについてはまたの機会に説明します。

ボールペンでも万年筆でもいいのですが自分の愛用するペンで自ら署名するという行為が
現在ではあまり気にされなくなっていること、これはとりもなおさずそのように受け入れ
られる製品が今はないということかも知れません。

「ブラザー」社名の由来

ブラザー萬年筆本舗は1916年(大正5年)に先代の中川道治が弟と創業した会社です。

 # お客様からよくお問い合せを受けるのですが、ブラザー工業様と資本関係はございません。
 # ただし、後に文具・事務用品を取り扱うようになり、ブラザー工業製のタイプライターなど
 # を販売するようになったため、現在でもその製品(複合機など)を取引、販売はさせて
 # 頂いております。

ブラザーという名前の由来は、当時の工場の通り向かいにある甲府カトリック教会の
フランス人神父(ブーブ氏)に、何かいい名前はないかと相談したところ、「おまえたちは
兄弟でやるのだから『ブラザー』ではどうだ」といわれたそうで、新しいものが好きな先代は
英語を使った社名が当時としてはハイカラで気に入り、それに決めたそうです。

kyokai.jpg
現在の甲府カトリック教会

早速、工場の看板を作り掲げたところ、それを見たブーブ神父が驚いてやってきたそうです。
「BROTHER」の「O」を「A」に、つまり「BRATHER」と間違っていたのです。
せっかく作った看板ですがすぐに作り直したそうです。

このような笑い話も当時のエピソードとして残っています。

万年筆のインキについて(4)

最近、各メーカーより発売される様々な色のインキがあります。私が推測するに
布染用早染インキを応用したものだと思います。

これは趣味として楽しむにはいいのですが少し注意が必要です。

万年筆の素材であるプラスチック、ピスコロイド(硬質セルロイド)、エボナイトなど
にも染まってしまい、素材の良さを損なってしまうことにもなりかねません。

こういったインクを入れた万年筆が修理で持ち込まれることもありますが、
手についたらなかなか落ちません。

これまでのインクと粘性、表面張力などの特性が異なるようで、それなりのペン先の
調整が必要です。使う人がインクの種類をかえる度に調整に出さなければならない
というのは、何ともメーカーとして不親切だと思います。

長年万年筆に携わっているものからいうと、こういったお遊びもあっていいと思いますが、
少し違和感を覚えます。せっかく新しいインクを出すのであれば、万年筆の本来の性能を
より伸ばし、新しい価値を付加するような製品が出てくれればと思います。


まとめると、インクには以下のように大きく3つに分類できるということです。

1)ブルーブラックのように文字は残るが、カスが溜まってしまうインキ
2)ブルー、ブラックインキ等のようにインキの流れを重視し、文字が残るかは
  気にしないインキ
3)お遊びとしての最近の様々な色のインキ

これらの特性を踏まえてそれぞれのインキを使い分けて頂ければと思います。

万年筆のインキについて(3)

染料インキは年月が経つと紫外線の影響により書いた文字が消えてしまいます。
手紙などに書いた文字も濡れると滲んでしまいます。

ヨーロッパの古文書のように筆跡が黒く残ることが良いとする考え方。
アメリカ系インクのように文字は残らなくても万年筆の具合が良ければ
いいという考え方。

実用品として考えたときにどちらに重きをおくかで異なります。
これは人によりけりで両方あり得るものだと思います。

万年筆のインキについて(2)

このようなブルーブラックインキの問題に対して、アメリカで考えられたインキは
染料の特性に着目したものでした。

染料インキは水に溶けやすく、仮に毛細管に詰まったインキでも新しいインキを
入れることで溶かし、流し出してしまうのです。

アメリカ製インキは染料インキが主流となり、インキが非常にスムースに流れ
戦後日本にもパーカー、シェーファー、エバーシャープ、ムーアと多く輸入される
こととなりました。当時モンブラン、ペリカンなどを圧倒していました。

詳しくはまたの機会に述べますが、このインキによってウォーターマンによる
毛細管現象を応用したインキコントロール万年筆がその機能的完成をしたといえます。

万年筆のインキについて(1)

万年筆のインキについては現在大きく3つに分類できると考えます。

ひとつは前回述べたヨーロッパで発明されたインキと、アメリカで毛細管現象を考えて
作られたインキ、そして最近(1990年以降)の趣味としての色インキです。

ブルーブラック(BB)は永久不変なのですがその変化する性質上、どうしても
「カス」が出来てしまいます。これは万年筆にとってはやっかいな問題でした。

万年筆の中で「カス」が溜まってしまうとインクの安定した流れに支障が出たり、
構造上いろいろと問題を引き起こしてしまうのです。定期的(6ヶ月に1回くらい)
の掃除が必要でした。また、酸性で部品を傷めることも問題でした。

 # 現在はそのような問題はほぼ解消されています。ご安心してBBをお使い下さい。

万年筆の修理について

当店では他社でお買上げの万年筆でも修理をお受けいたしますが、
基本的には店頭にお持ち込み頂いております。

ペン先の調整には使う人のクセを正確に見極める必要があるため、
お手数でもご来店頂いての対応とさせて頂いております。

実際にお使い頂く方に修理をして喜んでもらいたい、という考えの
もとにお受けをしております。

既に供給されていない古い部品などは弊社在庫の中からお出し
しております。また、それもない場合は轆轤にて削り出し、部品を
作ります。

実用品として喜んでもらうことを考えますので、価値のない製品、
転売目的等と思われる修理はお断りする場合がございます。
ご了承下さい。


様々な事情で甲府までこられないお客様が、長年連れ添ったり、
思い入れのある万年筆をどうしても直したいという場合は、
別途ご連絡を下さい。

お客様の状況をお聞きし、ご相談にのらせて頂きます。

古い万年筆の展示

当店では国内外の古い万年筆、筆記具を一部参考展示しております。

現在では忘れ去られてしまったようなものもありますが、
当時エポックメイキングであったものを中心に展示しています。

ご興味のある方はお気軽に職人に声をおかけ下さい。
当時の状況、製品の作られた背景、狙い、長所短所、などご説明致します。

ひとつの製品が生まれる背景にはいくつもの製品・技術があるわけでして、
その変遷を実際に見てきた職人の話はご好評を頂いております。

ご興味のある方は是非ご来店下さい。事前にお電話を頂けると助かります。

平日は午後2時から4時と5時から閉店までの間、祝日・土曜は2時から
閉店までの間でしたら比較的ゆっくりとお話ができると思います。
(日曜は定休日です。)

それらの製品もいずれはこのコラムで紹介してゆきたいと思います。

 # 大変申し訳ございませんが、現在のところ古い製品は展示のみで
 # 販売をしておりません。 ご了解下さい。

日本での万年筆の成り立ち(5)

万年筆輸入以前の日本は墨で書いていました。ものを記す上でそれが後世へ
残らなければならなかったわけで、墨が選ばれていたのです。

ヨーロッパで発明されたインキも(古い時代も含めて)文書を記録として残すために
永久不変が重視されていました。タンニン酸と第一鉄を混ぜた酸性インキです。

その性質は時間の経過とともに酸化する段階で色は青から黒に近くなり、
水に溶けず安定した物質に変化するものです。(ブルーブラックの語源です。)

このようなブルーブラックインキが英国、ドイツより万年筆と共に日本へ伝わり、
日本の墨の文化と考えが一致して受け入れられたのです。

ですので、昔はインキといえばブルーブラックが主流でした。

日本での万年筆の成り立ち(4)

日本字を書く万年筆を作るのにどのようなペン先を作るかは重要な問題でした。

ペン先は材料に金を用いますが、何をどれくらい混ぜて何金にするのか、
どのくらいの力でプレスして締めるのか、どのような形状にして、「タメ」
(ペン先のアーチ状の丸めかた)をどれくらいにするのか、袖折れ(ペン先の左右の
折曲げ)でどれくらいの強度を出すのか、などです。

それぞれ作られるペンの特徴が異なってきます。そこで日本のメーカー各社は個性を
競い合うようになっていったのです。

合理性を求めていった西洋メーカーに大きな影響を受けつつ、日本では使い手の繊細な
要望に必死に応えようと独自の進化をしたのです。

そのような進化した筆記具が、後になり逆に西洋で受け入れられ、筆記具の輸出大国と
なるのは必然の流れであったのかも知れません。

日本での万年筆の成り立ち(3)

同時に、日本のメーカーは外国人技術者を招聘し万年筆を製作するようになりました。
日本人による日本字を書くためのペン先が必要であったのです。

アルファベットなどの横文字では筆記において縦の線と横の線が同じ太さか、
もしくは横の線がやや太く縦の線がやや細い方が好まれます。
実際にモンブランのパンフレットにはそのような筆記見本が載っています。

montblanc_01.jpg
BB以降のより太い筆跡にその特徴が出てきます。「T」「t」の文字で顕著で
なのがおわかり頂けると思います。

ところが、日本字には「とめ、はね、はらい」があり、強い筆圧をかけたときには
字が太く力強く、弱いときには繊細な字の表現が求められました。
毛筆のように縦の線はやや太く、横の線はやや細い方がきれいに感じてしまうのです。

西洋ではあまり考えられず、気に止めないような文字の筆跡でも、そこに感情表現を
求めて日本の職人は万年筆を作り込んでいったのです。

このような感性は日本人特有のものであったと思います。

日本での万年筆の成り立ち(2)

万年筆が輸入される前まで、日本には筆を携帯する「矢立」というものがありました。

万年筆が輸入されたときに日本の職人達はその延長線の上の「筆」として
万年筆を捉えていました。

brother_01.jpg

写真はいずれも弊社の昔の製品です。

軸が寸胴で長軸クリップ無しで当時の着物の帯に差せるよう携帯性を考えたものや、
着物の袖に入る短寸のものが作られたりしました。

筆を使い込んだ人に筆と同じように納得して貰うために、さらにそれを超えるために、
いかにバランスよく手にフィットさせるかを考えて軸のバランス、太さ、長さを
考え作られていたのです。


日本での万年筆の成り立ち(1)

西洋では泉筆(つけペン類)が進化したものとしてファウンテンペン
(泉のごとくインクがでるペン)と名付けられ、その延長線上に位置づけられている
わけですが、それを輸入した日本では背景が異なっていました。

昔の日本人は全てを毛筆で書いていました。漢字、ひらがな、カタカナという文字が
「書道」という芸術の域にまで高められている背景がありました。

明治時代に輸入された舶来ファウンテンペンはとても便利なのですがとても高価でした。
当初は木工職人が輸入された万年筆を見よう見まねでエボナイトの軸を轆轤で挽き、
ペン先に輸入品を取り付け製品化しました。

手先が器用な日本の職人達は模倣だけで終わらず、次第に舶来品より優れた、
より日本人に合った製品を作り出すようになるのです。

これが日本の「万年筆」の始まりです。


「万年」筆の由来

「万年筆」と呼ばれたその理由のもう一つはその素材にあります。

昔の万年筆はエボナイトという素材で作られていました。
エボナイトとは簡単にいうと天然のゴムに硫黄を混ぜて作られた加硫ゴムのことです。

万年筆に最適な素材である理由はいくつかありまして、それはまたの機会に述べること
としますが、テーマの「万年」という意味でいうと、以下のような特徴があります。

・インクの酸性やアルカリ性に対して耐久性がある
・経年劣化が極めて少ない

このことは使い手が万年筆と長く付き合う上で非常に大事な要素となります。

例えば木などは温度湿度によって膨張収縮しますので長年の間に歪みが生じてしまいます。
後になりプラスチック製品が製造されますが、紫外線には弱いものです。

弊社でモンブランの40年前の製品などが修理で持ち込まれることがありますが、
クリップ部周辺やねじ山の薄い部分からボロボロに劣化しているものがほとんどです。
仕方ないですがこれはプラスチックという素材の寿命です。

それに対して、先代がエボナイトで製造したおよそ80年前の万年筆は色褪せこそ
見られますが、歪みもなくその造型を製造当時のままで見ることができます。

つまり、万年筆はエボナイトを素材とすることで「万年」耐えうる筆記具として
世間に知られ、一生を付き合える道具として認識されるようになったのだと考えます。

万年筆とファウンテンペン

明治期に輸入された「ファウンテンペン」ですが、直訳すれば「泉のように湧き出る
(ファウンテン)筆(ペン)」です。その「泉筆(せんぴつ)」がなぜ「万年筆」と
訳されたのか先代から聞いた話をもとに私なりに解釈すると以下のように考えられます。

万年筆が輸入されるまでの日本人は毛筆を使っていました。毛筆で書かれた書いた字は
美しいのですが、動物の毛ですから書くほどに痛みますし、都度手入れが必要であり、
当たり外れもあり、毛が割れたり、手入れをせずにおけばカビることすらあります。
多く書く人ほど毛筆の寿命は非常に短くそれが問題であったといえます。

それに比べて万年筆は金属を使っていますから、毛筆ほど手入れを必要としませんし、
寿命も長く、書くほどに手に馴染む感覚も相まって「万年」と「筆」という称号を
与えられたのだと思います。

昔は金ペンの万年筆は非常に高価でしたから、高校もしくは旧制中学校の入学祝で
万年筆を親から買って貰い、自慢げに胸のポケットにさして大人への仲間入りを
誇らしく思ったものです。

そして(そのペンを2~3回は研ぎ直して)60才の定年まで、果ては自分で字が
書けなくなるまで、一生つれそったものです。

その人と一生おつきあいをする意味でも「万年」筆なのです。

日本字について

伍角研ぎの万年筆では日本字がうまく書ける、と述べましたが、
これは他の人が見てきれいだと思うのとは少し違います。
自分が納得できる字を書くことが出来るということです。

例えば、誰かに手紙を書いた時に「きれいな字だね」と言われても、
自分で納得できないと投函するのをためらう思いをしたことは
ないでしょうか。逆に「あまり字がうまくないね」と言われたと
しても自分で納得していれば堂々と投函できると思います。

つまり、文字を通して自分の気持ちが伝わることがとても大事なことだと思います。

日本字には、漢字、ひらがな、カタカナとありますが、西洋の
アルファベットと違い一字一字に奥深い意味を表現する独自の
機能があると思います。

日本字には抑揚や、とめ、はね、はらいなどあり、ましてや漢字は画数も多く、
表意文字ですから非常に複雑ですが、自分の喜怒哀楽なり
内面にあるものを相手により正確に伝え、残すことが出来るとすれば、
それは優秀な文字だと言えるのではないでしょうか。

昔の日本人は全てを毛筆で書いていました。そのような気候風土に育まれた
文字は書道という芸術の域まで高められ、今でもそこで進化をし続けています。

詳しくは後述しますが、日本の「万年筆」とはそのような中で産まれてきたものです。

万年筆の調整・修理料金について

弊社では他店でお買い上げの万年筆でも調整・修理を承っております。

・基本料金(分解・清掃)       1,000円

・万年筆のペン先研ぎ直し
      本体定価          調整料金
        ~15,000円   2,000円
 15,001円~30,000円   3,000円
 30,001円~          5,000円

・ペン先の修理
 金型での型直し・調整        1,000円
 折れ曲がり修理           2,000円

ペン先は弊社独自の伍角研ぎでの調整を施し、お渡しの際に
お客様一人一人の手に合わせて調整致します。

上記以外の修理は別途お見積を致します。
古いボールペン・シャーペン等の修理も対応可能です。

修理に際して古い万年筆でメーカーの部品供給がない場合、
弊社のストックから部品交換をしていますが、
それもない場合はその部品を製作をして対応しています。

思い出、思い入れがあるが壊れてしまったもの、
他店で修理対応不可能と断られたものであっても、
是非お気軽にご相談下さい。